『在り方としてのヨガ』とは

『在り方としてのヨガ』

『在り方としてのヨガ』とは

ここでは、体を動かすことが苦手で嫌いだった私が、体を動かすことがおもしろくなった経緯、その中で生まれてきた『在り方としてのヨガ』をお話します。

こんな順番でお話していきますね。

1.『在り方としてのヨガ』をやってみたらどうなるか。

1.1『在り方としてのヨガ』をやってみて感じるカラダへの効果

私がヨガを続けて思うのは、私って意外と体力ができてきたんじゃないかな、ということ。

学生時代に体育の授業で2をもらっていたなんて、今ではちょっと自分でも信じられないです。どうしてって、海外のヨガの合宿に行くと、からだの大きな欧米人の参加者が結構バテているほどのかなりきついフローのクラスであっても、早朝のヨガクラスであっても、難なくこなせるからです。ヨガの先生が集まる合宿なので、皆、自分の体の使い方やアーサナ(ヨガのポーズ)のポイントをきちんと知っているにも関わらず、フローのクラスでは、途中で脱落者もでたりします。

けれど、最後まできっちりついていけるんです。

もっと分かりやすい例を挙げるなら、20キロマラソンを怪我なく完走できた、ということもあります。当日になるまでは、ちょっとくらい練習しようかなぁなんて考えていましたが、全然できずになんとぶっつけ本番で走ることになりました。

実は、前にマラソンをちょっとだけやっていました。年に1回10キロコースに数年間出てていたという程度なんですけどね。その後、ヨガを始めるようになって、マラソンはやめてしまいました。しばらくした頃、ヨガの生徒さん主催のマラソンイベントがありました。協力するつもりで、20キロマラソンにエントリーしました。

ヨガだけでいいやって思ってからは、全く走ることをしていなかったし、ましてや20キロは私の中では前人未踏の領域です。でも、一歩一歩をヨガのアーサナみたいに、安定して心地よく、を保つ気持ちで走っていました。

呼吸力、持久力がヨガだけでこれだ私に備わったのだと思っています。

1.2. 『在り方としてのヨガ』をやってみて感じるココロへの効果

ヨガ効果で一番大きなものはメンタル面です。

自分の今の心、感情がどこからきているのかを冷静にみることができるようになったので、ちょっとしたことでイライラすることがなくなりました。心に余裕が出てきたっていうのかな。そうそう、頑張ればいいっていう呪縛から解放されて、楽しくいるということを一番に考えられるようになりました。

これが心の余裕につながります。

余裕ができると、エネルギーが無駄に使われないので、元気でいられるってこともその後の体感としてわかってきました。

2.『在り方としてのヨガ』について

一般的には『ヨガをする』って表現しますよね。または、ヨガの呼吸法をします、とかアーサナ(ポーズ)をしますとか。なので、する=doingの方に気がいってしまいがちになると思います。そして難易度の高いアーサナができるとかできないとか、などが熟練や経験の度合いとして考えられているのじゃないかと思います。

私がやっている『在り方としてのヨガ』の場合

『在り方としてのヨガ』 the yoga of being とは、自分の存在そのものを知るところから始めます。

「自分の存在」とは、カラダの存在、心の存在といった自分を感じる部分です。これらをどのようにとらえるかがカギになってきます。でも難しく考える必要はありません。ヨガをベースにした呼吸や瞑想、アーサナなどを使って、この「存在」を体感していきます。

別の言い方をすれば、つまりアーサナができるとか呼吸法が上手くできないとかが問題ではなくて、それを行っている時間の自分の存在をどれだけ感じることができるかという『意識』を育てていきます。

doing (やること) を使って being (在ること) を学ぶということです。

3.在り方としてのヨガができるまで。

私は元々体を動かすのが苦手でした。

というよりは、学校の体育の時間でしかカラダを動かすことをほとんどしてきませんでした。体育の時間では何か(その授業のテーマ)ができる、できないが評価の対象で、成績がそれによって決められていました。なので、今思えばですが、その成績によって『苦手』だと“思わされていた”のだと思います。

そして残念なことに、その苦手意識は、子供のときからだいぶたっての大人になるまで、私がカラダを動かすことに楽しみを見出せなかったという歴史をつくりました。

初めて運動がおもしろいと思えた経験

27、8才の頃だったと思います。まだヨガに出会ってはいませんでした。スポーツジムで走ったり、泳いだりする機会がありました。

“できる”とか“できない”とかで評価されない場所でカラダを動かす、初めての経験でした。

こういった運動をすることで、それまで、本を読んだり書いたりするのが大好きだった私が初めて頭の中が静かになるということを体験しました。言い換えるなら頭の中は空白で、カラダだけがただ動いているという状態です。運動系の部活動に参加されている方なら当たり前のことかもしれませんが、ほとんど運動らしい運動をしてない私にとっては衝撃だったのです。

カラダに主導権を渡しただけで、頭がおやすみできたようでした。

それからしばらくの間マラソンに傾倒していきます。といっても元々スポ根チックなものは苦手なので、練習などあんまりしなくて、力まないで走る感じで、10キロマラソンに出場したりしてました。今ほどのマラソン人気ではなかったので、抽選なんてありませんでしたから気楽に出ていました。

そして、ヨガとの出会い

そんな頃スポーツジムのヨガのクラスに出てみました。中学生の頃に、雑誌に載っていたヨガのポーズを一人で試して具合が悪くなったのが、初めてのヨガ経験でした。なので、私にはヨガは合わないのかもと思っていましたが、でも、本物の先生の元でなら違うかも、と思って参加したのが始まりでした。

淡々とアーサナを続けていくクラスで最後のシャバーサナの時にマラソンと同じ、いやもっと強い頭の中の『空白感』を感じました。それと同時にカラダの『空白感』も。終わった後に『これはいったい何だろう』としばらくボーッとしていたと思います。

それが何か知りたくて、しばらくそのクラスを目当てにジムに出かけていきました。気がつくと走るのも泳ぐのもやめていました。それよりも、もっといいのを見つけたと思いました。

心地よさの理由を深く知りたい!

数ヶ月経った頃でしょうか、これはいったいなんだろうというはっきりした答えが得られないまま、担当の先生に声をかけました。

『もっと知りたいんです』

そうしたら先生は『来月から指導者養成講座が始まるけど、来てみますか』と。

先生になるなんて大それたこと思っていませんでした。

けれど、『もっと知りたい』という思いの方がとても強かったんです。

なぜこんな風に感じるのか、体の空白感や、体が楽に感じる理由って何なんだろう?と。

私は、その講座に、数ヶ月の趣味にかけるお金としては破格の金額を支払うことを初めて決めました。講座は約半年くらいで終わったと思います。主なアーサナを丁寧に習っていくというものでした。そこで、より深いカラダの心地よさと、頭の解放を味わいました。

ヨガを学んでいく中で湧き出てきた疑問

もともと凝り性の私は、ヨガをすることの講座を受けていくうちに、同時に疑問も起こってきました。どうも私が気持ちよく感じている度合いと他の人の度合いが違うような気がしたのです。それでどうして先生たちはこの辺りのこの部分を示唆したり意識をむけさせたりしないのかなという疑問も持ち始めました。

この気持ちよさが重要なところなのになーと。

そして、今からすれば当たり前ですが、先生のガイドの違いで体感が全然違うということを知ります。先生の声のトーンはもちろんのこと、アーサナの順番や完成に至るまでのプロセスやキープする時間など細かいことだけれど、とても大切なことなのだと感じました。先生の持っている呼吸やリズムなどが影響しているのじゃないかなと感じました。

心地よさをもっと味わいたい!

私の『もっと知りたい』はまだまだ満たされていませんでした。ヨガはまだ今ほどのブームではなかったので、関連した書物も多くありませんでした。そのため、書店で手にとって面白そうだなと思われるものを片っ端から読んでいきました。仏教などの宗教的なもの、アニミズム、心理学や看護学や整体、ボディワークやマッサージ、自然療法や代替医療、食事についてなどなど。

そして、どれもそれらの中には必ず『これはヨガだ』と思わせる何かが書かれていました。今思うと、この作業が私のヨガを間口の広いものにしてくれたのだと思います。他の多くの方が、勉強を重ねて専門性を高めていくと、ピラミッドの先のように範囲が狭くなっていくのに対して、私は逆に広くしていったのです。なのでどんなものにもヨガのエッセンスのようなものを見出すことができました。

そして、これらが今の『在り方としてヨガ』に繋がっていきます。

『在り方としてのヨガ』が他のヨガと圧倒的に違う点はここにあるといっても過言ではありません。

私がいきついたヨガの本質とは『自分の中の神性とつながること』

これはよくよく考えてみると、『よりよく生きる』『自分を生きる』と同じ意味です。なので、私にとっては、人間がよりよくありたいと研究を重ねてきた営みすべてがヨガと言えるんです。

そういうことがわかったら、ヨガはするものではなくて『在り方』なのだと確信しました。これを確信する前から、私のヨガのスタイルみたいなものはもう随分前から決まっていました。しかし、私自身、他の先生たちのヨガと違うと言われることに対して、今まできちんとした説明ができずにいたのです。そして、この確信をきっかけに、私のヨガについての『もっと知りたい』は『これを伝えたい』に変化しました。

『在り方としてのヨガ』the yoga of beingはこうしてカタチになりました。

ここまで読んでくださったあなたは、カオンは先生だから、そうだったんでしょ?と思うかもしれません。なので、生徒さんについての話を最後に少し。詳しくは、生徒さんからの声のあれこれを見ていただくとして。

生徒さんには、このような変化があらわれました。

今までと変わらない同じ生活環境の中にいても、『在り方としてのヨガ』を学ぶことで、自分の内面が変わり、見える世界、生きている世界が違うもののように感じると言います。

ちょっと表現が変かもしれませんが、今まで白黒の映画を観ていたのが、カラーの立体映像に変わったくらいの変化で、それを形容するなら、『豊か』になった、と。

具体的な例として、一番多く挙がるのは、他人との関係がよくなったということです。

  • 親子関係で、子供をむやみに怒らなくなった。
  • 職場で苦手だと思っていた人が苦手ではなくなった。
  • プレッシャーにつぶされるほどまでに頑張らなくてよいと感じるようになった。
  • あるいは、生活圏内で、他の人のことをきにしすぎなくなくなった。
  • 過剰に気にしていた他人の目が気にならなくなった。
  • 風邪が長引かなくなった。
  • 以前まで寝つきが悪かったのに、ちゃんと眠れるようになった。
  • ついつい何か口にしていたのに、無駄に食べなくなった。

『在り方のヨガ』について、少しはお分かりいただけましたか?

こちらの記事も参考にご覧ください。

図解!『在り方としてのヨガ』絵本版

2015.07.15

『在り方としてのヨガ』をもっとカンタンに絵本のように解説した記事です。

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