こんな方いらっしゃいませんか。
- 自分に自信が持てない
- 何か物足りない、でも何が物足りないのかわからない
- 他人と比べて自分は劣っていると考えがち
- ヨガクラスにマンネリを感じている
- 「自分の」ヨガをもっと進化させたい
- ヨガの深い部分に対して「腑に落ちる」体験をしたい
プロのヨガ講師でも陥ることがあるんです。
アメリカのヨガアライアンス、200時間認定講師養成コースを終了後、ヨガ講師を7年続けている新潟在住のTさん。彼女は、たった1回の『在り方としてのヨガ』セッションを受けて、これらのことが全部クリアになっちゃいました。
具体的に、彼女がどう変化したのか。
セッション後の彼女からのメールをまずご紹介しますね。
ヨガ講師歴7年のTさんからのメール
「まだまだだめだー」と感じてました。
あれから、わたしの中での変化をお話ししたいと思います。
200時間のティーチャートレーニングを終えた後も、わたしはいつもどこか自信がありませんでした。
また誰かに教えを乞い、何かを与えられることを楽だと思っていました。
そして引き出しの少ない自分は他のインストラクターと比較して、やっぱりまだまだだめだーと感じていました。
悩みがむき出しになる
カオンさんと対面してる時は、どこかにあった自分の固いドアがノックされたような…いや!ジャングルの中にあったドアが叩き壊されたような気分でした。
ドキッ、ざわざわ、痛いところを突かれて、自分でもよくわからなかった「悩み」がむき出しになったのを感じました。
それは少し、怖い体験でもありました。
わたしは、「自分のためのヨガ」をしていなかったんですね。
だから、ただのツールとしてのヨガの引き出し(もちろんそれも素晴らしいことですが)の多さだけにこだわっていて、自分をジャッジしていたことに気づかされました。
そして、カオンさんの一言。
「今ここにいることも、あなたが選択したこと。
そしてわたしにこんな話をさせているのもあなたの選択なのよ。
だから、もっとその選択に自信を持って。」
自然に、涙が出てきました。
実生活での変化
それから、いろんな変化がありました。
クラスでは、創作ダンスのような動きが増え、時々夢の中にいるような、瞑想状態になります。
頭で考えすぎずに、自分にまかせて出てきた動きで動いたら、気持ちいい!
自分のためのヨガ、を生徒さんと共有できるなんて、なんて幸せなんだろう!と思いました。
生徒さんも不思議と力がいつもよりも抜けているように感じました。
また、生活のいろんな場面で「選択」の意識がぽっと浮かびます。
食べる時でも、今まではもったいないから食べなきゃ、と思っていたのに、自分に聞く、そして今は必要ない、残すという選択をする、ということがだんだん日常的になってきました。
自分ってなんだろう?
「自分らしく」と言っても、自分ってなんだろう?って、すごく思うようになりました。
瞑想する度にだんだんいろんな自分が見えてきて、怖くて、嫌になる瞬間もあります。
ひどいことを考えてる自分がたくさんいて…。
でも、そのうちに、その先にそれさえも手放して(受け入れて?なのかな?)「許し」がぼわっと浮かんできました。
それが目には見えないけど「自信」につながってきている気がします。
こんな自分の感じ方の変化にはびっくりです。
そして、これが「在り方としてのヨガ」なんだ!と思いました。
カオンさんとのお話の後で、点と点が結び付いて太いラインができたような気がします。
私、カオンからの注釈を少しつけますね。
Tさんが、少し怖い体験と書かれていますが、Tさんに対しても私は怖がらせるような指摘は一切していませんでした。(見透かされている氣がしてちょっと怖い気持ちになるというようなことを、よく生徒さんから言われますが。)
でも、私は見えないものが見えたりする力があるわけではないので、“見透かして”いません。
私には、今回だけでなく、生徒さんのお話しをうかがうときに心がけていることがあります。

透明なグラスに注いでいくと……
私が心がけている『在り方としてのヨガ』のポイント
話を聞く時に、自分が透明なガラスのコップになるようなイメージを持つんです。自分という色をなくして「ただの器」になる感じです。
この目的は、生徒さんのお話を、否定も批判もしないで、ありのままに聞くことにあります。
私がただの器だとすると、生徒さんの話は、その器に注がれる中身なんです。
「自分」という器は、時として不透明で、その本質がわかりにくかったりします。
私がガラスのコップ(無色透明なただの器)としてお話を聞くことで、注がれた中身(生徒さんの本質)をご自身で明確に見えるようになります。それは、普段の意識下では見えなかったり、気づけなかったりする事柄であることがあります。
言い換えれば、時として、自分が無意識に“見ないようにしている”コトの場合があります。これを見てしまうことによって、私、カオンに恐怖を感じてしまう場合があるのです。
Tさんにはそれが起こったんじゃないかなと思います。
ガラスのコップ越しにみる自分像
今回のTさんには、セッションを通じて伝えたいことがでてきました。
それは、自分をジャッジして、ダメだしをしていたことに気づいた彼女に、ご自身でその選択をしているという意識をしっかりと持ってもらいたい、ということです。
この行為が、いい結果、悪い結果になったとしても、自分が選択したという行為そのものを、認めてもらいたかったのです。
実は……
もう一つ、私が意識していることがあります。
それは、セッション中にお話することは、あまり頭で考えないということ。
相手の方の存在そのものを、ガラスのコップとして受け止めると、私の内側から、自然に引き出される何かが必ずあります。その引き出されたものをお伝えするようにしています。
それはその相手、今回はTさんにとっての鍵となる一番大切なメッセージとなります。
それを聞いたことで、Tさんは自然と涙が出てきたのではないかと思いす。
泣けば泣くほど、自分が変われる
涙は浄化で、何かが解放される時ですよーとシャバアーサナでの涙の理由、教えます。という記事でも説明しました。こうした涙の後は、本当に色々なものがすぐに変化していきます。
Tさんも、まずご自身が持たれているクラスが変わったとおっしゃっています。
Tさん自身も生徒さんも、両方がよりハッピーになりました。また、日常生活の行動にも変化がありましたね。
自分が選択してるということを意識できるようになったので、自分の選択そのものを信じることができるようになりました。
これが自然と彼女の自信にもつながっていきます。
内面でも起きた大きな変化
それともう一つ、とてもおおきなこと「許し」の心。
これは、ジャッジしてダメ出しをする行為とは180度違う心です。そして、私たち人間が向かう先である「愛の行い」に一歩も二歩も近づいてるという証拠です。
素敵ですねー。
これらの変化が、たった一回2時間のセッション後に起こりました。
すごいねーー、おめでとう。
Tさん、新潟から来ていただきまして、本当にありがとうございました。