日常生活で生かせるヨガ的な意識の使い方や瞑想など

一年の計は元旦にあり?!いやいや、それって実は……

【生活の中でのヨガ《読むヨガ》】
この記事は約5分で読めます。

一年の計は元旦にあり?!

あけましておめでとうございます。

それぞれの場所で、それぞれの思いを胸に、新しい年を迎えられたのではないかと思います。

今年のはじめての記事は念頭に、誰もがたてる目標について。

『目標はたてるな宣言』をしたいと思います。

別に喧嘩売ってるわけじゃないよー(笑)

目標は、なぜたてない方がいいのか

2017年、わたしカオンは昨年前半に【出版】【海外遠征】と飛ばしすぎたせいか、後半はおとなしめの活動をしていました。

このブログも、更新がだいぶスローになってしまいましたーー。

なんでかって?

 

ブログで伝えたいことを、本にまとめて書いちゃったから。

 

そんな言い訳もできてしまいます。

でも、それだけではありません。

 

本を書きながら改めて思ったことがあるんです。

拙書「感じるヨガで、」を読んでいただけた方は分かるかもしれませんが

 

「十分にその体験を味わう」ことをやっていると、その体験や事柄って自分の中で完結してしまうんです。

 

自己完結してしまったものって、後になってから文字におこすと、ちょっと難しいなって感じたからなのです。

「十分にその体験を味わう」って?!

これについては、ブログの記事の中や、本の中でも何度も書いてきました。

それに、他の方々も同じようなことを言っています。

だから、だれでも一度は聞いたことがあると思います。

 

「でも、実際はどんなことなのかわからないなぁー……」

そんな風に思ったことはありませんか。

 

実際に、初めてわたしのクラスやセミナーに参加された方は、「十分に体験を味わうって、こういうことだったんですね!」と驚かれる方が大勢いらっしゃいます。

 

それでは、説明しましょう!しかもカンタンに!

「体験を十分に味わう」とは言い換えると

まじりっけなしの感覚に没頭する

ってことなんです。

まじりっけなしっていうのは、これが「良い」とか「悪い」というような自分の判断をすることなく、「楽しい」とか「イヤだな」という自分の感情の色に影響され過ぎることなく、そのままの事柄に集中するということです。

たとえば、

[voice icon=”https://kaonyoga.com/wp-content/uploads/2018/01/20180103_gamba.png” name=”” type=”r”]「これをやったらほめられるから、いやだけど今は我慢しよう」[/voice]

とかじゃなくって

[voice icon=”https://kaonyoga.com/wp-content/uploads/2018/01/20180103_taihen.png” name=”” type=”r”]「目標のために今は大変だけど、がんばらなきゃ!」[/voice]

というのでもありません。

 

突き詰めていくとわかるのですが、「ほめられる」とか「何らかの目標」というものを掲げてしまうと、それには見合う何かを未来に想定しちゃうでしょ?

 

そこが問題じゃないかなぁと思うのです。

 

それってば、行為の中にまじりっけアリアリでしょ??(笑)

 

何故かというと、こうやって未来を想定してしまうと、その想定する未来の通りにいかない結果に当然不満がでます。

[voice icon=”https://kaonyoga.com/wp-content/uploads/2018/01/20180103_confused.png” name=”” type=”r”]「がまんしたのに……」[/voice]

[voice icon=”https://kaonyoga.com/wp-content/uploads/2018/01/20180103_cry.png” name=”” type=”r”]「がんばったのに……」[/voice]

なんてね。

 

うーん……。

 

分かっていただきたいのですが、これって終わりがないのです。

エンドレスなのですよ。

何か目標のために、いまの自分を抑制したり鼓舞したりして、その結果次第で一喜一憂する。そして、その次に、またその結果にあわせて、次の目標をたてて抑制したり鼓舞したり……。

いつまでたっても、こころが穏やかにならない。。。。

 

目標に向かうのではなくって……。

 

禅で只管打坐(しかんたざ)っていう言葉があります。

この言葉の意味は、ただ座るっていうこと。

悟りを得るとか、無になるとかいう目標をたてずに、ただ単純に座るということ。

座る行為そのものが「目的」ということなんです。

 

やってみるとわかるのですが、行為そのものに集中すると、心がとても安らかになります。

 

心がとても安らかになるってどういうこと?

 

これは誰だれでも経験があることだと思います。

掃除を一生懸命やっていたら、いつの間にか集中しちゃって他のことを一切考えてなかったとか、趣味である画を描いていて、氣がついていたら、日が暮れてしまっていたとか。

こういったことをやっているときって、それをするのがいいとか悪いとか、意味があるとかないとか、そういったことは意識にありませんよね。

結果を気にせずに、ただひたすらに、いまやっていることに集中するわけですから、ありのまま自然のわたしというわけなんです。

 

そういう時間こそが、まさに

「十分に体験を味わう」という時間なのです。

 

繰り返しになるのですが、それそのものに没頭するっていうことなんです。

そういう体験をただただ続けていったらどうかな?と思うのです。

 

それでは、あらためて、2018年について

今年、2018年。

わたしカオンは、みなさんに『目標を手放しませんか?』と提案します。

 

目標を持たないでどう歩けばいいの??と不安に感じる方もいらっしゃるかな。

 

でもね、それは、大丈夫。

 

ヨガ的な生活をしていると、自然のわたしになって、おのずと歩いていく方向がわかってくるし、やるべきことが向こうからやってきます。

これ、本当ですよ。

向こうからやってきた事柄を「自分という道具」をつかって十分に体験を味わうだけでいいんです。

 

役割や使命が何かなんて考えているよりも、自然体になって応じる生き方をしませんか。

 

風になびく木のように

空に舞う葉のように

自然に自分を生きる

ただ、流れる滝のように。

人生って、そういうことなのではないかと思うのです。

2018年が、あなたにとって、素晴らしい一年になります。

タイトルとURLをコピーしました