今日は、ブログのトップページに掲げた言葉(指針)について少し詳しくお話ししてみたいと思います。
あなたの暮らしそのものを、あなたの最高傑作にする。
なぜ、様々なメソッドや知識を学び続けても「根本」は変わらないのだろう?
その答えは、思考の外側にある「体」というキャンバスの中にあります。
私は、この「根本が変わらない」という問いを長年抱えていたのですが、ヨガを自分で実践し、生徒さんに教えることを続けていくうちに「体」こそが鍵であるという答えに辿り着きました。

今は、体(意識も含める)の使い方が伝承されているヨガこそが、私たちの何でもない日々を「最高傑作」へと変えることができると確信しています。
実は、私が提唱するこの「在り方としてのヨガ/アートオブライフ」の指針が、20世紀の偉大な哲学者マルティン・ハイデガーの深遠な思想と、驚くほど共鳴していることを知った時、全身に鳥肌が立ちました。
この記事を最後まで読んでいただいたあなたは、ヨガとは、単なる運動ではなく、人生そのものを変容させる力を持つ技術なのだと理解できるでしょう。さらに、この本質に触れたあなたは、自分自身が「アート」のような存在、つまり”生きる作品”なのだと気づかせてくれます。
そのときから、あなたの毎日は、かけがえのない「最高傑作」として輝き始めるに違いありません。
毎日を覆う「見えないフィルター」
私たちは「もっと幸せになりたい」「充実した毎日を送りたい」と願い、本を読んだり、セミナーに参加したり、ヨガを含む様々なメソッドを試します。しかし、どうでしょう?
- 「頭では理解できるのに、なぜか心がついていかない(言動が伴わない)」
- 「一時的には良くなった気がするけど、結局、また同じパターンに戻ってしまう」
- 「不幸ではないけれど、心から幸せとも言い切れないような、漠然とした不満感がある」
もしこんな感覚があるなら、それは、あなたが日常の中で無意識にかけている「見えないフィルター(覆い)」のせいかもしれません。
私たちは知らず知らずのうちに、世間の常識、過去の経験、人からの評価、あるいは「こうあるべきだ」という思い込みといったフィルターを通して、自分や世界を見ています。これらのフィルターは、私たちを守る役割も果たす一方で、あなたの「本当の感覚」や「真の可能性」を隠してしまう「覆い」にもなってしまうのです。
いくら表面的な知識を増やしても、この「覆い」がある限り、根本的な心のモヤモヤや体の不調は解消されません。では、この「覆い」を取り払い、本来の「私」に出会うにはどうすれば良いのでしょうか?
その答えに、20世紀の偉大な哲学者が、既に深く洞察をしていました。
「隠されたもの」が姿を現す瞬間 – 哲学者ハイデガーが語る「真理(アレーテイア)」とは?
20世紀を代表する哲学者、マルティン・ハイデガー(wikipedia)。彼がその主著の一つ『芸術作品の根源』で深く考察した「真理(アレーテイア)」という概念は、私たちの「見えないフィルター」を打ち破るための、重要な視点を与えてくれます。
ハイデガーが言う「芸術作品が表すものとは『真理(アレーテイア)』である」という言葉。
ここでいう真理は私たちが一般的に考えるような「客観的な事実」や「論理的な正しさ」ではありません。この言葉は古代ギリシャ語で「覆い隠されているものを脱ぎ去ること」「秘匿されていないこと」を意味するそうです。
つまり、ハイデガーにとっての真理とは、私たちの日常的な見方や思考の枠組みによって「隠されてしまっているもの」が、その姿を現す「出来事」なのです。そしてそれが芸術だと定義しています。
彼は、芸術作品こそが、この「覆い」を打ち破り、世界の根源的な真理が自らを「現出(現れる出来事)」させる特別な場であると考えました。例えば、一枚の絵や音楽、あるいは建築物を見た時、私たちは単にその「形」や「音」を感じるだけでなく、作者の深い感情や、その背景にある文化、さらには時代を超えた普遍的な「何か」に心を揺さぶられることがあります。それは、まさに普段隠されているものが、その作品を通して私たちに語りかけ、真実の姿を現している瞬間——つまり、あなたが芸術作品と深く同調している時間です。
このハイデガーの言葉を知った時「鳥肌」が立ちました。それは、私がヨガの実践を通して日々感じていた「真理」と、同じ方向を指し示していたからです。
あなたの「体」こそが、真理を現すキャンバス
ハイデガーと「アートオブライフ」の共鳴
ハイデガーが「覆いを取ることで真理が現れる」と説いたように、私が提唱する在り方としてのヨガ「アートオブライフ」もまた、「自分の魂を覆い隠しているものを取る」ことを目指しています。
ヨガの教えでは、私たちの内なる「真我(アートマン)」は、無知、執着、エゴといった様々な「覆い」によって隠されています。ヨガの実践は、これらの「本当の自分ではないもの」を取り払っていくことで、自ずと現れてくる「真我」を「現出」させるプロセスです。真我と繋がり、それで生きることは、ハイデガーが言う「真理の領域で生きる」ことと深く共鳴します。
「体」というキャンバスで、思考の覆いを取り払う
私のブログのトップページで「思考の外側にある『体』というキャンバス」と表現しているのは、この「覆いを取る」プロセスにおいて、身体が極めて重要な役割を果たすからです。ハイデガーが芸術作品に真理の現出を見たように、私は、あなたの「体」こそがあなた自身の真理(真我)が「現出」する、生きた芸術作品のキャンバスだと考えています。
五感で「今」を感じる
普段、私たちは「どうあるべきか」「どう見られるか」といった思考に囚われがちです。しかし、ヨガのアーサナや呼吸法では、体の動き、筋肉の伸び、呼吸の流れといった五感で感じられる「今、この瞬間の体験」に意識を集中します。
思考のノイズを静める
体に意識を集中することで、頭の中で渦巻く「ああでもない、こうでもない」という思考のノイズは静まり、その「見えないフィルター(覆い)」が薄れていきます。
体の声に耳を傾ける
体のポーズで感じる抵抗や、心地よさ。これらは、あなたの体があなたに語りかけている「真実」の声です。その声に耳を傾け、受け入れることで、あなたは普段隠されている自己の限界や、これまで意識していなかった身体の真実と向き合うことができます。
「体」というキャンバス上で感覚を研ぎ澄ませ、思考の覆いを取り払うこと。これこそが、ハイデガーが語る「真理の現出」を、私たち自身の内側で体験し、普段覆い隠されている「真の私」の光に触れるための、ヨガの深遠な力なのです。
「ヨガは運動止まり」からの卒業 – 根本から「在り方」を変えるアート(技)
「そうは言っても、ヨガは運動でしょ?」
その通りです。ヨガは、私たちの体を目覚めさせ、健康と活力を与える素晴らしい「運動」です。しかし、それはヨガのほんの一部に過ぎません。
「運動」が、筋肉をつけたり、柔軟性を高めたり、といった「体の変化」を主に目指すのに対し、「アートとしてのヨガ」は、体を通して「心の変化」を促し、「真の私」に根ざした「あなたの在り方」そのものを変革することを目指します。
断片的な知識を統合する
ヨガは、ただのポーズの練習ではありません。呼吸、動き、瞑想、そして人生を深く見つめる視点といった全てが一つに繋がり、心・体・精神の全てが調和されることを目指します。バラバラだった知識や経験が、ヨガを通して一本の線で結ばれ、「腑に落ちる」感覚を得られるでしょう。
「こうあるべき」という圧力からの解放
「ポジティブでいなきゃ」「自分を肯定しなきゃ」という言葉に疲れていませんか?
「アートとしてのヨガ」は、外側からの理想像に囚われるのではなく、あなたの内なる「真の私」に気づき、その声に耳を傾けることで、無理のない「自己受容」へと導きます。
漠然とした不満からの解放
内なる「真の私」と深く繋がった時、あなたは外側の条件に左右されない、深い平和と喜びを見出すことができます。それは、「わたしの人生こんなものかな?」という漠然とした感覚から解放され、毎日の暮らしが色鮮やかな「最高傑作」へと変わり始める瞬間です。
あなたの人生という「アート」を創造する、3つのステップ
「暮らしそのものを、あなたの最高傑作にする」
この言葉は、私たち一人ひとりが、自分の人生を創造的な「アート作品」として捉えることを促しています。ハイデガーの哲学が示唆し、私がヨガを通して導き出したように、あなたの人生こそが、内なる真理(真我)が「現れる」最高のキャンバスなのです。
私が提供するセッションでは、“自分”という一枚の絵を描くように、あなたの心と体を丁寧に整えていきます。もう外側から何かを取り入れる学びはおしまい。必要なものはすでに全て揃っています。ただその活用の方法がちょっとだけズレているのかもしれません。
あなたの人生という「アート」を創造する、私が提案する3つのワークは、この「覆いを取り払い、真の自分と繋がる」プロセスを、身体を通して体験するための具体的な実践です。
TRE(Tension & Trauma Releasing Exercises)
長年のストレスや過去の出来事は、あなたの体に無意識の緊張や心のブロックとして蓄積されています。TREは、体の自然な震え(神経性振戦)を利用して、この根深い緊張を安全に解放し、心身が本来持つ自己調整能力を取り戻します。心の奥底にある「見えないフィルター」をそっと取り除く土台を作ります。


ippon blade®(一本歯下駄)
不安定な一本歯下駄の上でバランスを取ることは、ただ体幹を鍛えるだけではありません。それは、変化の多い日常の中で、あなたの「心の軸」を育む「動く瞑想」です。足元から来る「グラつき」を通して、あなたの体と心がどう反応するかを知ることは、自己の全体性を体験するということです。それは、あらゆる状況でブレても、しなやかに中心に戻れる「在り方」を習得します。


在り方としてのヨガ:瞑想的ヨガ
私のヨガは、ポーズの美しさや完璧さを追求するものではありません。呼吸と動き、そして「今ここ」の意識を統合させ、あなたの「体」が語りかける声に深く耳を傾けることを重視します。思考の覆いを手放し、内なる真の自己と深く繋がることで、あなたは本来の自由で創造的な自分を「現出」させます。


これらの実践はすべて、「体」というキャンバスを通して、あなたの内なる輝きを「現出」させるためのものです。
結び:ヨガは、あなたの「生」を磨き上げるアート – 偉大な哲学者も認めた真理へ
もし、あなたがヨガに対して「運動」という枠に収まるものだと感じていたなら、あるいは「もっと深い何か」を求めていたなら、この記事を通して、ヨガが持つ計り知れない可能性と、人生を変革する力に、新たな視点が得られたのではないかと思います。
ヨガは、単なるフィットネスではありません。それは、あなたの内側にある「見えないフィルター」を取り払い、真の光を「現出」させること。そして、その光に根差して、あなたの人生そのものを、他にはない唯一無二の「最高傑作」として創造していくことです。
これこそが、20世紀の偉大な哲学者マルティン・ハイデガーも洞察して、私がヨガを通して導き出した、あなたの「生」を磨き上げ、喜びと充実で満たす、真に豊かな「アートオブライフ」なのです。
さあ、あなたも今、自分という最高のアートを創造したいと思い始めていませんか?



