「話さない」を選んでみる——Loving in Silenceという体験

静かに横たわり沈黙の実践Loving in Silenceを体験する女性

瞑想を段階でとらえる「瞑想の地図」シリーズの、今回はちょっと寄り道です。地図をいったん横に置いて、ワタシがずっと大切にしている「沈黙」の話をします。

目次

10日ぶりに話そうとしたら、喉が熱くなった

もう何年も前になりますが、ヴィパッサナー瞑想の10日間コースに参加したことがあります。10日間、誰とも一言も話さない合宿です。

コースが終わって、さあ話していいですよ、となったとき。不思議なことが起きました。声が、すっと出てこないのです。話そうと思ったら、頭の中でギアを入れ替えなきゃいけないような感覚があって、すぐには言葉が出てこない。そうこうしているうちに、話せても、頭も喉も今までにない熱っぽさを感じました。

ああ、話すって、こんなにエネルギーを使うことだったんだー。

普段は話すことなんて全然労力つかってないって思ったけど、10日間の沈黙は、そんなことを教えてくれる貴重な体験でした。

考えてみると、ワタシたちは実際に言葉を発して話していない時間も、言葉の準備をしています。

相手の話を聞きながら、次に何を返そうかと頭の中で組み立てています。それは本の活字を読みながら、ラジオを聴こうとしているみたいじゃないかしら。ちゃんと本を読めてない。また会話が途切れれば、ちょっと気まずくなって何か話さなきゃと思ってしまうことってありませんか?黙っている自分は感じが悪いんじゃないかと、氣を張っている方もいらっしゃるのではないかと思います。

聞いて(聞きながら)、考えて(考えながら)、選択して、アウトプット。話すことって、意外にタスクが多い、だから結構忙しいのです。

自分だけが、黙る——クリパルセンターで出会ったワーク

その後、アメリカのクリパルセンターのカルマヨガプログラムで滞在していたときのことです。そこには「Loving in Silence」というワークがありました。

カルマヨガプログラムメンバーや宿泊ゲストも好きなタイミングで行うことができるワークです。方法は「Loving in Silence」と書かれたバッジを胸につけて過ごすだけです。

胸につけるということは「わたしは今、沈黙の実践をしています」というサインです。なのでその人に話しかけることは最小限にして(仕事などでやむを得ない場合は話しかけてもオッケーです)、もしどうしても返事が必要な時は、頷くとか筆談にします。そのバッジをつけていると、たくさんの人が周りにいたとしてもも、ちょっと放っておいてもらえます。意外にアメリカ人って友人同士では沈黙できないというか。もしかしたら日本人に負けないくらい、氣を使っているから、そっとしておいて欲しいというのを表明する一つの手段なのかもしれないと、今思い出しながら書いていて思いました。

ちょっと話がずれてしまいましたが、ワタシもそれは面白そうだし、普通にはあまりできなさそうな体験なので、やってみました。

全員が沈黙するヴィパッサナー瞑想と違って、言葉の流れる日常の真ん中で、沈黙を選ぶということがとても新鮮でした。やってみてわかったのは、話さないということは、「目の前のすべてに反論しない」ということです。沈黙は空白ではなくて、全てをそのまま受け入れるという選択の、いちばん静かな美しい形なのだと思いました。

実際クリパルセンターの元になったスワミ・クリパルは、晩年は一言も話さずに過ごしたと言われています。

話している人たちの真ん中で、自分だけが話さない。これが、想像していたのとまったく違う体験でした。

反論が、消えていく

最初のうちは、頭の中はとてもにぎやかでした。耳に入ってくるいろんなことを聞くともなしに聞いていると、頭は勝手にどんどん意見を製造します。(笑)いいとか悪いとか、好きとか嫌いとか、、。時には反論したりして、、。

随分と忙しい。それでもそれを表に出さないでいると、だんだんと行き場のなくなった思いたち(言葉)は、もう存在理由がなくなくなってしまうので、言語製造ラインが止まります。

そこで

反論も出てこない。
それについての意見も出てこない。
ただ、聞いている。
目の前の事柄、人が、そのまま、存在している

それは自分と自分以外の間にある膜のようなものが消えるような、摩擦がなくなる感覚です。

このときの感じを、どう言えばいいのか。菩薩?女神?(笑)自分の中からジャッジが消えて、すべてをそのまま受け入れているという状態でした。

この究極の全てをそのまま「受け入れる」という体感は、頭でどれだけ学んでも到達できない感覚なのではないかと思います。こういうワークを実践でもしないと体験できないものだと断言しちゃいます。

黙るというと、引くこと・我慢すること、なんとなくですが損することのように思われがちです。でも、自分で選んだ沈黙は、まったく逆でした。

反論しない、自分の意見を言わないという選択を続けること。それは受け身どころか、ものすごく能動的なことでした。そして不思議なのは、我慢の感じが途中から消えていくことです。出さないでいるうちに、出したいものそのものが、静かになっていくからです。

原村で、この沈黙を

この夏、八ヶ岳の麓・原村に開くリトリート「ヒルナノーグ」では、Loving in Silenceを滞在中に少しだけですが体験していただきます。(夜のセッションから次の日の朝ごはんまでなど)それは自分自身とのじっくりとした対話の時間にもなります。

そして滞在中は、スマホをお預かりします。この話は、次回の「瞑想の地図」最終回でゆっくりしますね。

Q&A

Q1:沈黙が苦手・気まずいと感じる人でもできますか?

A:できます。バッジというサインがあることで「話さない人」でいることが許される場になります。気まずさの正体は、あなたではなく「黙ってはいけない」という思い込みの側にあるのかもしれません。

Q2:ヴィパッサナー瞑想と何が違うのですか?

A:ヴィパッサナーは全員が沈黙する環境です。Loving in Silenceは、周りが話している中で自分だけが沈黙を選びます。だからこそ「受け入れる」練習になるのだと思います。

Q3:どのくらいの時間やるものですか?

A:決まりはありません。やりたいとき、やりたい間だけ。1時間でも半日でも、自分で選べるのがこの実践の良さです。

Q4:何も感じられなかったらどうしよう?

A:感じようと頑張らなくて大丈夫です。何も起きなくても、「話さないでいる自分」を眺める時間そのものが、もう十分に珍しい体験になります。

Q5:リトリートでは、全員でやるのですか?

A:はい。ヒルナノーグでは夜のセッションのあとから翌朝の朝ごはんまで、みんなで沈黙のまま過ごします。ひとりでやるより、ずっと安心して沈黙に入れるのではないかと思います。

沈黙の隣に、座ってみませんか?

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著者プロフィール

ヨガ指導者養成(Yoga AllianceE-RYT500)/TRE国際認定プロバイダー/ippon blade®公式インストラクター

2017年出版の書籍『感じるヨガで、』(※)は、「体の声を聞く」ヨガとして静かな反響を呼ぶ。現在は、オンライン・オフラインでポーズの完成にこだわらない「感じるヨガ」やTRE(トラウマ緊張開放エクササイズ)のワークショップを開催し、30代〜50代を中心に「自分を整えたい」と願う人々をサポートしている。(※)amazonのアフィリエイトリンクが開きます

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