日常生活で生かせるヨガ的な意識の使い方や瞑想など

普通の人にヨガが必要である、その理由とは――

ヨガが必要である、その理由とは 【生活の中でのヨガ《読むヨガ》】
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何気ない日々のひとコマから学べる人

これは、自分の存在の意味を知り、より充実した人生を送りたいと思っている人に向けて書いています。

わたしも思いっきり普通の人です。(笑)

わたしは、ヨガ的に生活するようになって、自分の存在を理解し、周りで起こることを理解し、そしてその中で充実した生活を送ることができるようになりました。

キッカケはティーチャートレーニング

先日、私の開催しているティーチャートレーニングの100時間を終えようとする生徒さんがこんな話をしてくれました。

「ヨガ的なのことを何も知らない友人がすごくヨガ的な良いことをお話してくれて。
その言葉にわたしは教えてもらった、自分を引き上げてもらった感じがしています。
こういう人にはヨガは必要ないのじゃないのでしょうか。」

私の観点からすると、こういう方たちは、ヨガが必要ないというよりも既ににヨガをやっているってことなのです。

わたしが使うヨガの意味とは――

ズバリ!この一言に尽きます。

ヨガとは、自分の神性とつながること

もしくはそうするためのツールやプロセスのこと。

なので、

普段の生活の中で自分の特性を活かし、それが周りにも繁栄/反映されてまた自分のところへ還ってくる。

そんな生活をしている方は、実生活がすでにヨガをしていると言えるのです。

そういう人たちにはわたしがこうして発信しているようなヨガは必要ありません。

実は、ヨガとは特定の“何か”ではありません。

一流になる人たちはジャンルを越えて同じようなことを言っていると言われます。

アインシュタインが宗教的なことを言っているということは知られていること。

最近では、世界の伝説的ランナーのウサイン・ボルトから日本の桐生選手へのアドバイスにもこういうものがあります。

早く走ろうなんて考えるな
“自分の走りをする事”だけを考えた方がいい

――NEWS23より

いいか 桐生 自分のために走れ
それが国のためになればいい

まずは“自分のために走る”そして“楽しむ”
それが 日本のためになるんだ
決して国のためだけに走ってはだめだ

――NEWS23より

この対談の中では、早く走れるにも関わらずに、もっと早く走ろうとして結局は遅くなってしまう選手たちが多いということもボルトは彼に教えています。

自分でいること。

楽しむこと。

これってどこかで聞いたことありませんか?

そう、これもわたしが「ヨガ的に生きる」ということで言っていることと同じなんです。

一流の方々がわかる(悟る)ことのできる本質的なものを理解するために、一流ではなく普通の人であるわたしには、ヨガと呼ばれるツールが必要だったということなんです。

つまり、わたしがいうヨガとは―

普通の人が(きっと多くの人がその部類に入ると思うのですが)、自分の人生や生活のひとコマからも学び、それを活かせるようになる技術を身につけるのがわたしのいうところのヨガ。

「自分の神性とつながる」という表現とは違って聞こえるかもしれません。それを少し分かりやすくすると、こういった表現になります。冒頭で登場してくれた生徒さんのおかげで、わたしもこうした表現を得るという成長ができています。

一方的に教えるのではなく、共有している時間から、お互いに必要なことをそれぞれ学びあう。

これも、まさにヨガ的な体験です。

彼女自身はといえば、日常の友人の言葉を自分の深い糧にできるほど、ヨガのティーチャートレーニングを通じてその技術が身につき、彼女自身を深められるようになったということなのです。

自分が深くなければ、相手の深さを理解することはできませんからね。

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